「今市直之(Naoyuki Imaichi)」という名前を検索する人の多くが、実はその弟・今市隆二(Ryuji Imaichi)にたどり着く。それほど、今市隆二というアーティストの存在は大きく、そして兄・直之の名もまた、隆二を語る上で切り離せない関係性にある。この記事では、兄・今市直之とは何者か、そして弟・今市隆二がいかにして日本を代表するボーカリストになったのかを、丁寧に紐解いていく。
今市直之(Naoyuki Imaichi)とは何者か
今市隆二の兄・今市直之(Naoyuki Imaichi)は、元俳優であり、現在は男性ホストクラブ「TOPDANDY TOKYO」のマネージャーを務めている。エンターテインメントの世界と、夜の世界、その両方に足跡を残してきた異色のキャリアを持つ人物だ。
今市隆二の兄は2歳年上の今市直之さんで、「ジュノン・スーパーボーイ」のファイナリストにも選ばれたことがある。その端正な容姿は弟・隆二にも受け継がれており、兄弟で芸能・エンタメ界に近い道を歩んできたことが分かる。直之本人が表舞台に立つ機会は限られているが、隆二の成功を陰で支える存在として、ファンの間では広く知られている。
今市隆二のプロフィール - 川崎が生んだ歌声
今市隆二(いまいち りゅうじ、1986年9月2日生まれ)は日本の歌手で、三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBEのボーカルを担当する。京都府生まれながら、3歳の頃に家族とともに神奈川県川崎市へ移り住んだ。身長175cm、血液型A型。その声の深みと繊細さは、幼少期から青年期にかけての川崎という街の空気感に育まれたものと言っても過言ではない。
家族構成は両親と兄、妹の5人家族。母親は幼稚園の先生をしており、今市さんがピアノが上手い理由は母親に教えてもらっていたからかもしれない。穏やかな家庭環境の一方、学生時代はかなりやんちゃだったことも広く知られている。
高校中退から溶接工へ - 挫折と苦労の時代
今市隆二のサクセスストーリーは、決して順風満帆ではなかった。高校時代はバイクで走り回り、高校3年生の時に中退している。その後、18歳の頃から圧接工(プレッシャーウェルディング職人)として働き始めた。昼間は現場で汗を流し、仕事終わりには声のトレーニングに通う。そんなルーティンを繰り返す日々だった。
18歳から溶接工として働きながら、「ヴォーカルアカデミーオブ東京」や「エイベックス・アーティストアカデミー」でボーカルレッスンを受けた。夢と現実の狭間で、彼は諦めなかった。EXILEの大ファンであった隆二は、19歳で初めての歌手オーディションに挑戦したが、見事に落選している。しかしその挫折こそが、彼をより本気にさせた転機でもあった。
オーディション合格 - 夢をつかんだ瞬間
2009年の「avex WORLD AUDITION 2008」でアーティスト部門準グランプリを獲得し、翌年LDH主催の「VOCAL BATTLE AUDITION 2」に参加した。そして、登坂広臣とともに選ばれ、三代目 J SOUL BROTHERSのボーカルに決定し、同年11月に「Best Friend's Girl」でデビューを果たした。
複数のオーディションで跳ね返され続けながらも、着実に実力を磨いてきた結果がついに実った瞬間だった。三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBEは現在、NAOTO、小林直己、山下健二郎、今市隆二、ØMI、ELLY、GUNの7人で構成されている。グループはたちまち日本を代表するダンス&ボーカルグループとして頭角を現していった。
ボーカリストとしての成長と多彩なコラボ
グループ活動と並行して、今市隆二はソロボーカリストとしても着実に歩を進めてきた。2013年には、ボクシング世界大会の舞台で日本の国歌を独唱するという大役を務めた。国内外の大舞台に立つ経験は、彼の音楽的な深みをさらに増していった。
Crystal KayやJAY'EDとのコラボレーションなど着実にボーカリストとしての実績を積みながらも、J-WAVE「SPARK」のパーソナリティやdTV×FOD(フジテレビ)共同制作の音楽番組「Love or Not♪」のメインMCを務め、音楽を通じた交流に新たな一面を魅せた。単に歌うだけではない、コミュニケーターとしての顔も持ち合わせていた。
ソロプロジェクト「RYUJI IMAICHI」の始動
2018年1月にソロプロジェクトを始動し、世界的R&BシンガーBrian McKnightをはじめ、国内外のアーティストとコラボレーションを実現しながら、4ヶ月連続でデジタルシングルを配信した。ソロ名義「RYUJI IMAICHI」として放たれた最初の一手は、音楽ファンに強烈な印象を与えた。
同年、全国11都市のアリーナで20万人規模となる自身初のソロツアー「RYUJI IMAICHI LIVE TOUR 2018"LIGHT>DARKNESS"」を開催した。ソロデビューからわずか数ヶ月でこの規模のツアーを成功させたのは、グループでの長年の実績と、ファンとの強固な絆があってこそだろう。また同年3月には、ニューヨークを拠点に活動するDaniel Arshamをアートディレクターに迎えたアートフォトエッセイ「TIMELESS TIME」を出版した。アーティストとしての表現の幅が、音楽を超えて広がっていた。
俳優デビューと多方面への展開
音楽だけに留まらず、今市隆二は映像の世界にも踏み込んだ。2019年秋、米国アカデミー賞公認・アジア最大級の国際短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア(SSFF & ASIA)」が主催するプロジェクト「CINEMA FIGHTERS」の第3弾作品に主演し、俳優デビューを果たした。ステージとは異なる緊張感の中で、彼は新たな自己表現を模索した。
2019年には動画配信サービス「LDH TV」で個人企画「今市隆二の野球チームを作ろう!」を始め、自身が監督を務めるLDHの草野球チーム「中目黒リュージーズ」を発足した。スポーツへの情熱も人一倍で、プライベートな一面を惜しみなくファンと共有してきた。
そして2025年には、洗足学園音楽大学の客員教授にも就任した。現役アーティストとして活動しながら、次世代の音楽家育成にも関わるという、さらに新たなフェーズに踏み出していた。
2025年の騒動と活動自粛 - 何があったのか
順調に見えたキャリアに、大きな影が差したのが2025年のことだ。2025年7月31日、タクシー運転手への暴行と脅迫の疑いで書類送検された。同日中に所属事務所が公式サイトで謝罪し、事案が発生した4月に報酬返上と自宅謹慎を含む処分を実施したと説明した。
8月1日に今市が公式サイトで謝罪し、当面の間は活動自粛すると発表した。その後、8月28日に被害者の代理人弁護士が会見を行い、今市と被害者の間で示談が成立したと発表された。そして東京地検は10月21日付で今市を不起訴処分とした。
LDH JAPANは11月9日、検察庁からの通知を受け今市の案件が不起訴処分となったことを確認し、2026年より活動を再開する準備をしていると発表した。長い沈黙の後、ファンにとって待ち望んでいた一報となった。
プライベート - 結婚と新たな家族の誕生
活動自粛期間中に、もうひとつの大きなニュースが届いた。2025年9月6日、今市隆二は長年交際してきた一般女性との結婚を発表し、第一子が誕生したことを明らかにした。より良いタイミングで妊娠を報告するつもりだったが、当時の騒動を受けて発表の受け止め方を懸念していたと明かし、子供は無事に健やかに生まれたと伝えた。逆境の中での慶事は、多くのファンに安堵と祝福をもたらした。
今市隆二とその兄・直之が体現するもの
今市直之(Naoyuki Imaichi)と今市隆二、この兄弟はそれぞれ異なる道を歩みながら、エンターテインメントという世界と深く関わり続けている。隆二には、今市直之という名の兄がいる。その兄の存在が、弟の歩みをどれほど静かに支えてきたか、外からは計り知れない部分も多い。
高校を中退し、溶接工として働きながら夢を追い続けた隆二の姿は、簡単に諦めることの意味を問い直させる。何度オーディションに落ちても、何度挫折しても、声を磨くことをやめなかった男が、最終的に日本最大規模のエンタメグループのボーカリストになった。そしてスキャンダルという試練を経てもなお、不起訴という結果と新しい家族の誕生という形で、新たな出発点に立とうとしている。
今市隆二という名前が、これからどのように日本の音楽シーンに刻まれていくのか。全国29都市36公演を実施したソロツアー「RYUJI IMAICHI CONCEPT LIVE 2022 "RILY'S NIGHT"」で見せたスケール感は、彼の底力を何より雄弁に物語っている。2026年からの活動再開は、多くのファンがすでに心待ちにしている。